8050問題を考えるセミナー2021報告 第四回 講師:木内 菜穂子

介護現場からみる8050問題 パート2

  • 講師 :社会福祉法人和みの会 理事 木内 菜穂子
  • 2021年12月4日(土)

講師紹介

木内菜穂子
社会福祉法人和みの会 理事
特別養護老人ホーム和みの園 施設長

療養型病院にて相談員を経験後、現和みの園の立ち上げメンバーとなる。終の住処となる場所を作り上げたく「地域で最期まで暮らす」を理念とし、平成13年設立。介護課長を経て施設長に就任。施設内に「こどものへや」「地域食堂」、「つどいカフェ」を併設。高齢者施設でありながら多年代や他業種が集まる居場所づくりをしている。

以下の文章はセミナー当日の講師のお話を書き起こし、修正したものです。

コロナ禍の介護現場

介護現場からのお話をしたいと思います。和みの園は戸塚区にある今年で20年になる特別養護老人ホームです。80床のお部屋があり、介護が必要な方を終の棲家としてお預かりしています。60名弱の職員と一緒に働いています。社会福祉法人なので常に地域に開かれた施設でありたいと色々な試みをしてきましたが、コロナで私たちの施設も閉塞感を味わいました。クラスターも発生し、ものすごいストレスを感じながら私も職員も2か月ほど休みもなくご利用者様をご支援してきました。

前回このセミナーでは、7040は病病介護、8050は認認介護、9060は老老介護というようなお話をしました。介護現場からみる8050問題はメディアで言っている事と水面下で起きている事は少し違う事が多いなと思いますが、今回コロナという大きな渦の中で、今まで見えなかったものがさらに見えなくなったと感じています。

介護現場でどう動いたらいいかも本当にわからなかった中で感じた事を少しお話していけたらいいなと思います。

コロナ禍で、私たちの介護施設の日常がなくなりました。ご利用者様の生活・健康を守る為にお風呂に入る事、排せつすること、おトイレの回数も減り、食事も安心してとれるようにと隔離をしなければならなくなりました。保健所が入り、職員も全員検査、目に見えない不安と恐怖の毎日でした。お掃除の業者さんやボランティアの方も入れず、職員が消毒、換気、掃除、洗濯の毎日でした。地域との関係は閉ざされてしまい、地域食堂、カフェ、相談の窓口、ショートステイもできなくなってしまいました。

そんな中、ご家族の方からは本当に励ましの声が多かったことには感謝しています。

高齢者の日常の変化

高齢者の日常も大きく変わりました。受診を控えるようになり、熱が出たり、持病が悪化しても病院から受診拒否され、病気の重篤化につながってしまう方もいました。

ご家族との関係が断たれ、認知症が悪化、外に出られない、廊下にもでられない、部屋の中でお食事をとっていただくような日々で、筋力の低下、介護度が上がる人も多かったです。情報や発信の手段がなくなり、顔の見える関係が断たれてしまいました。見守りする人も感染の恐怖から情報が取れず、目に届くような支援が減ってしまったことは事実です。今日は和みの園の職員が一緒に来ていますので、彼がどうやって右往左往したのかを話してもらいたいと思います。

若者支援と介護現場

和みの園所属、高田健吾と申します。28歳になります。

私は引きこもりだった経験がありまして、4~5年ぐらいは家にいたのかなと思います。僕の中では働きたい気持ちはあったのですが、電車やバスに乗るのが怖くて外に出る事ができませんでした。それでも働きたい、家族にも申し訳ない気持ちもあり、家の中で家事、洗濯などはしていました。そんな私をみていた母親が「ちょっと一緒にハローワークに行ってみない?」と声をかけてくれました。不安や、緊張で出たくない、怖い気持ちはあったのですが、働きたい気持ちもあったので、一歩踏み出す事ができました。親のあの一言がなかったら、僕はずっと家にいたのかもしれません。

ハローワークから湘南・横浜若者サポートステーションを紹介いただきました。コミュニケーションセミナーやグループワーク、にこまるソーシャルファームでの農業や販売の手伝いなどさせてもらい、少しずつ動けるようになりました。自分がやりたいことはなんだろうと考えていたところ、和みの園のボランティアを紹介いただき、掃除や嚥下のお手伝いさせてもらいました。少しずつ現場に慣れていき、アルバイトを経て、現在は正社員として働いています。現在働き始めて4年ぐらいになります。

今も電車や人込みは苦手ですし、人に気持ちを伝えるのができないというか、閉まっちゃう。そこを引き出してくれたのがK2の方や、和みの園のみなさんです。僕の思っている事を、ちょっとしたことでも拾って広げてくれて、これをしようよ・・・と押し出してくれました。後ろから少しずつ押してもらったことで、一歩一歩進めたと思います。

コロナ禍に入ってからの和みの園のお仕事は本当に大変でした。利用者様のお風呂に入れないというのは本当に申し訳ないというか、いかにお風呂に入らずに清潔を保てるかは大変苦労しました。日頃から衣服などを変えたり、清潔を保つようにしていました。

介護の現場では、一人ひとり本当に違うので考えながら、一日一日成長できるようにと思っています。施設長やいろんな人に支えられて今の自分があると思います。(高田)

私は若者支援の事業をしているわけではないのですが、訪問したご高齢の方のところで、実は10年ぐらい引きこもり状態だという息子さんがいらっしゃる事がわかったり、カフェや地域食堂を始めることで、そういうお話をぽつりぽつり聞いていくことがあります。そういう事に気づけたのは高田君のおかげだと思っています。

以前、高田君にどうして働きたいの?と聞いた時に「しっかり働いて税金を納めたい」と言っていたのを覚えています。この子は絶対に手放さないと思いました。

きっかけは介護の仕事なのですが、こういうことに目が向くきっかけになったのは事実です。本当にありがたいなと思っています。(木内)

介護現場から地域の課題を支援する

これからの介護はその人だけを見ればいいという縦割りではいけないと思うんですね。その人から横串を刺さないといけないと思います。

和みの園は赤ちゃんから保育園幼稚園、小学生などが集う場、だれでも来ていい場所を作ろうと思っています。(*現在はコロナ禍で縮小しています)

介護の現場から様々な家族の問題を発見するケースはとても多いので、もっと横やりを入れたことをしていかないといけないと思っています。介護施設は中学校区に1つぐらいありますので、介護の相談だけでなく、子どもの相談やちょっとしたボランティアなど、足を運んでもらうきっかけができればいいなと思います。

今、私たちにできる事は・・・

私もそうですが、歳をとるとやることが億劫になってしまいます。今までできたことができなくなってしまうという事を若いうちに解っていてほしいです。

特に家族の状況を誰かに言うのは難しいと思いますが、誰か相談相手を見つけて話をしてほしいです。兄弟や親戚に、お正月やお墓参りのついでに、お話する機会を作るのもいいと思います。どういう風に暮らしたいか、死にたいか、施設に行きたいか、親も子も孫も知っておくと、みんなが助けてくれるきっかけになります。引きこもってしまった時にも、前に言っていた「誰かの一言」がきっかけになる事もあると思います。

また、民生委員さんはすごくいろんなことを勉強しているのと、いろんな情報を知っているので地域の民生委員さんにお話をするという事も選択肢の一つです。

私たちの側からの発信ですが、和みの園では回覧板に「ひと匙の発信」をしています。私たちがちょっとした発信をすることでいろんな人から声をかけてもらったり、電話をもらったり顔の見えるきっかけになっています。それぞれがいろんな発信を少しずつする事で必要な助けにつながるきっかけになればいいと思っています。

家族の想いは毎日変化するかもしれませんし、家族の希望や悩みを家族だけで抱えるのは重いです。施設や支援機関と一緒に抱えていきましょう。100人いたら100通りです。正解はありません。それを知っているだけでいいと思います。

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