8050問題を考える事業2021 講師:宮本 みち子

全5回のセミナーを振り返って

  • 講師 :放送大学・千葉大学名誉教授 宮本 みち子

講師紹介

宮本 みち子
放送大学客員教授・名誉教授 
千葉大学名誉教授
社会学博士

若者の成人期への移行に関する国際比較研究、生活困窮者・貧困問題、人口減少社会研究など社会保障審議会委員、中央教育審議会委員、内閣府子どもの貧困対策検討会座長等を歴任。著書は、
『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社)
『若者が無縁化する』(筑摩書房)
『すべての若者が生きられる未来を』(岩波書店)
『アンダークラス化する若者たちー生活保障をどう立て直すかー』(明石書店)【※宮本みち子・佐藤洋作・宮本太郎編著】
などがある。

8050問題―支援が届かなかった親子

8050問題の原因はひとつではありませんが、多くの場合子ども期や若者期に適切な手を打つことができなかったか、放置されたまま年月が過ぎて、子どもが50代 に達してしまった現象だといえるのではないでしょうか。手を打つことができなかったのは、当事者の責任だけでなく、有効な支援サービスがないという問題があります。50代になった方たちは、精神疾患や発達上の属性をもっているか、学校時代あるいは職場でのいじめやつまずき、あるいは事件や事故のトラウマが高じて精神を病んでしまった方たちが多く含まれていると思われます。 

このことに関係する聞き取り調査の結果を紹介します。地域若者サポートステーションが就職氷河期世代の支援事業に取り組むようになって2年が経とうとしてい ます。就職氷河期に社会に出た40代に対象者を広げて、支援サービスに取り組むようになりました。サポステ中央センターに開設された専門委員会(主査:小杉礼子氏、筆者も委員)が全国16のサポステにヒヤリング調査をした結果によりますと、来所者には2つタイプがありました。第一のタイプは、職歴はあるのですが離転職が多い傾向がみられるタイプで、働く意思があり短期間のうちに求職活動を開始できる方が多かったです。第二のタイプは、障がいや精神疾患をもっているか、その疑いのあるタイプで、長期にわたる無業やひきこもりの状態を経由した方たちでした。

このタイプは大都市のサポステには非常に多かったのですが、その理由は大都市ではサポステ以外の専門機関が地方圏より豊富にあるので、来所者の利用先が分化したのではないかと思われます。いっぽう発達障がいや二次障がいをもったまま40代になっていると思われる方が、特に大都市部のサポステには多くみられました。 

よこはまサポステは就労困難な事情を抱える利用者が非常に多かったそうです。ちなみに40代前半の25人中、通算ブランク期間1年未満が8人に対し5年以上が17人(10年以上が12人)と、職歴の少ない方が多かったのです。サポステの対象年齢を広げた結果、第二のタイプの方の来所が多かったことに注意を払う必要があると思います。 

サポステ担当者によれば、ブランクの長い方には、いわゆる社会人基礎力を身につける機会がほとんどなかったと見える方が多いそうです。また、多くの挫折経験のために自己肯定感が低い方や、自分のやり方・考え方に固執している方が多いという特徴もみられました。 また、社会不信が強く卑屈になっている方も多くみられるということです。さらに、正社員になることの責任の重さや、やることの多さに対する不安が非常に強い点も職歴の少ない40代利用者の特徴だということです。 

どのサポステでも、若い頃にサポステを利用した方が、40代へと支援が拡張されたことを知って再び来所するようになった例もみられました。しかし、若かった頃と比べると、今後継続的にサポステを利用して就職しようというエネルギーがかなり低下していて、支援がより一層難しくなると感じられています。つまり、就労困難な状況が若い頃から40代まで続き、適切な支援を得ることができないで状況でより悪化しているのです。こうした利用者にとってサポステは唯一の拠り所になっているともいえるのですが、ここに至るまでにもっとできる支援があったのではないかと心が痛む、とサポステ支援者は言うのです。統計上の「非求職無業者」は、就職氷河期世代にもその上の世代にもいます。しかし年齢を重ねるごとに増える傾向があることに留意する必要があります。 

では、今回の「8050問題を考える事業」から見えてきたことを順に整理してみようと思います。 

 働けるようになることを急がない

「働けるようになってほしい」というのは親御さんの強い願いです。しかし中年に達した子どもさんに対してこのゴールは妥当なものとはいえません。ストレートに解決を求める(働けるようになる)のではなく、まずは出かける場所をもつこと、人と話をする、人の話を聞く時間をもつことから始めることが大事なことです。その先に、働くことにつながる多様な経験のステップがあればよいのです。それは就労という単一のゴールに限ることではなく、社会参加として重要な意味をもっていると思います。

ひきこもりから脱して社会と繋がったとして、その後自立に向けてどのような道筋が考えられるでしょうか。その道筋が見え、暮らしていける見込みが立てば、将来に希望をもつことができるはずです。K2インターナショナルは団体の内部にその道筋を作っている好事例です。それをみてみましょう。 

K2の場合 

K2インターナショナルは、ひきこもっていた方が社会に復帰する仕組み・道筋を内部にもっています。勇気を出して実家を出て自立の道を歩もうとする場合に、まず規則正しい生活を取り戻すことから始まり、就職する以外に、つぎのような選択肢が想定され、本人の希望と実家の事情を加味して進む道を決めています。①ボランティアや有償活動への参加、②JスタッフとしてK2で働く、③アルバイトをする、④福祉就労と障害年金のセットで生活する、⑤親の経済援助を受ける、⑥K2の近くのア パート住まい、などです。大事なのは、生活の自立があり、K2の居場所と見守りがあり、社会的つながりがあることがセットとなっていることです。困った時にはいつでも相談できる方や場所(たとえばK2)をもっていることは何にも増して大切なことです。就職してフルタイムで働き、給料で生活することだけが自立だと考えるべきではありません。

フルタイムで週5日間働くことが難しい方もいます。このような方でも働けるように、働き方の多様化を進める ことが必要です。そのためには既存の仕事を働き手の状況に合わせて切り出し、無理のない条件で働くことができるように働き手とマッチングする必要があります。 

賃金、障害年金、福祉手当、K2内部の共同生活寮、 グループホーム、地元アパート(地域移行)、食堂のセットで生活することができるK2のしくみは、多面性をもった自立の道筋を示していると思います。これらが経済循環すればうまくいくのです。 

親が続けるべきことは、情報収集、家族会議への参加

生きづらさを抱えてひきこもる子どもさんと長期に渡って暮らす親御さんの苦しみは想像に余りがあります。そのような状況に負けないで親御さんが心掛けるべきこと は何でしょうか。それは家にこもらず視野を外に向け、 状況を打開する道を探って情報収集につとめることです。そこに出会いがあり、打開の糸口が見つかるのではないでしょうか。悩みを抱える親御さんが集まり言葉を交わし、体験からヒントを得るピアサポートは効果があったことがセミナーで報告されています。参加することが閉じた親子関係を広げる糸口になるだろうと思います。 このような集まりをあちこちに作りたいものです。

なお、アンケート調査によれば、困った時に安心して相談できる機関としてK2をあげた人は多かった一方で、家計や老後のお金に関しては相談できる機関がないと答えた人が多くいました。軽視できないニーズとみて相談サービスを確立する必要があると思います。

8050問題を打開する地域コミュニティ

社会とのつながりを回復するためには、地域コミュニ ティの連携による支援がなくてはなりません。セミナーで 地域作りに取り組む藤沢市社会福祉協議会の紹介がありました。藤沢市は各地区にコミュニティ・ソーシャル・ワー カー(CSW)がいて、ひきこもり支援団体と連携体制を作りつつあるそうです。CSWは、様々な困りごとを受ける体制づくりをめざしています。また、横断的な支援ミー ティングを企画しています。いまある制度では解決しにくい困りごとを抱えている人に寄り添い、一緒に考え解決に向けてお手伝いをするという取り組みが、8050問題の解決にも効果を発揮してほしいと思います。 8050問題を考えるこのような事業が多くの地域に広がることを期待します。 

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